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2014年7月7日月曜日

しれっとしやがって。



「今年の夏もいい感じでアバンチュール出来ますように...」


今年の夏こそ、実りあるアバンチュールからの真実の愛を。
いやいや、女子かよ。
つすめん。

僕は文章を書くことが好きなので、
これまで出逢ってきた色んな人のお話を物語として成立させたいと、
密かに思っています。
このBlogを読んでくれているモノ好きのあなたも、君も、あの子も。
それはもちろん、これから出逢っていく人たちも同様に。
そうゆう意味では僕は皆のことをよくちゃんと見ていたいと思っているし、
いま1人こうゆう田舎暮らしをしていると余計、
東京やこれまで関わってきた、出逢って来た人たちの面白さに、
胸が高まったりするモノです。
僕のまわりで起きる、素敵なことや、残念なこと、嬉しいこと、哀しいこと。
出逢う人、起きたこと、全部が全部、そうゆう対象になるわけでやんす。
恋仲にあった異性の話、大好きだったあの子の話、大嫌いだったアイツの話、
なんでもかんでも、面白おかしく表現することができれば、
それはきっと素敵なことで、そう思うと毎日は結構面白くなったりして、
クソったれ、こんちくしょう、とか思いながらも、
いつか、どこかで目に物見せてやるからなとふつふつさせるのです。

その一方で、一緒の時間を過ごす、過ごした人にも、
刈部喬太ってヤツがいたなぁ、そういえば...
と誰かの記憶にはんなり残ってくれたらいいなぁとも思います。
まぁこれは所詮、結果なので、日々の中で魅力的な存在だったり、
ちょっと変わってる存在であることが重要であったりもすると思います。
必要とされることはとても嬉しいし、誰かのために何かが出来ることは、
とても有意義なことだとも思います。
それは教育もそういった側面が大きくあるとは思いますが、
一方でおしつけや、その伝える物の本質的な正しさだったりが、
今ちょっとわかりずらくなってしまっているのが事実で、
生きるということは本当に困難だなぁと思うと、
Jay-ZのHard Knock Lifeのゆっくりなイントロが流れてきたりして。
行動という面で、僕には考えて動けるようなスマートさはないので、
結局の所、自分のしたいように、好きなように、
都度都度、振る舞って行くだけなのですが。
いかんせん、1度の人生であれば、ちょっとは味のある物にしたいよなぁと、
薄口なビジュアルをしている身からすれば、強く想うわけでごんす。


先週。
仕事で馬のベッドになる稲藁を、
隣町で酪農をやっていた高木おじさんのお家まで取りに行く機会がありました。
朝から、畑や田んぼに囲まれた山の中の道をダンプカーで駆け抜け、
これでもかというほど澄んだ空気の中、coldplayを思い切った裏声で熱唱していると。
運転席で1人感極まって、あぁ毎日は鮮やかだなぁ、と思いました。
え!?なんそれ、ってツッコミたくなるのも重々承知ではございますが、
心を洗われるっていうのはこうゆうことなのかぁ、と。
心って洗えるんだなぁ、と。
なんでもないんですが、なんでもないのに、心がいっぱいになるっていう。
いいなぁ、なんかよくわかんないけど、人生ていいなぁ、って想えるような。
とか朝から、ライフイズビューティフルっていうテロップが流れそうな件があって。
高木おじさんの家に着いて、立派なお庭を朝から手入れされてる、
高木おじさんにつすめんして、稲藁の場所の説明とか道具はこれ使っていいよとか、
この稲藁、他にも欲しいっていう人が現れたから半分だけ残しておいてね、つすめん。
っていう一通りのくだりをして、その最後らへんに、
「わしゃ、もう引退した身じゃけん、君たちみたいな若いもんが次は頑張る番じゃ」
ってサラっと言われて、高木おじさんとは会って2回目とかだったんだけど、
あぁなんかちょっと心掴まれちゃったな、っていう自分がいて。
すごくその日は、仕事って楽しいもんだよなって思いました。笑
今の仕事は地域の人と関わって色々とやっていかないと、
どうにもならないものなので、こう外から来た僕みたいな、
よそ者をすっと受け入れてくれるこっちの人達の柔軟さ、
みたいなものには、こちらで人と繋がる度に毎度ちょっと驚かされたりします。
東京にあるようで、ないような、そんなものがこっちにはあるわけです。

「HEROになりたい」

HEROになるには潔さが必要だったりして。
僕はいつも誰かのHEROになれたらいいなぁと思っている節がありまして、
このお話は僕がこちらに来てから、友人の彼女からLINEで、
昨日喬太についてのこんな話があったよ、という報告に基づかれています。

小学校の時って、クラス委員とか、班長って、
1種の立派なHERO枠として、確固たるものがありました。
ある一定のプロップスがあって、結構班長やってるとモテるみたいな、
だってあいつ班長だから、正しいに決まってるじゃん、みたいな。
スーパーマンとはまた違った、よくわからない変な力を持った存在でありました。

当時、例のごとくHEROに憧れていた僕は、班長に憧れて、というか、
多分これは小学校1年生の話なので、単純に班長をやってみたく、立候補をしました。
僕の小学校では、席替えが行われる度に、班替えも行われ、
まずその席替えが終わった段階で、
新しい班の班長を決めましょうという流れがあって。
班長になった暁には、班長会議に出ることが出来たり、
クラスのお楽しみ会の内容を決める重要な役割を得たり、
小学生ながらに、クラスの大事な色々なことを閣議決定出来る立場になれる、
とにかく班長という役職は、結構CoolでSwagな役職でした。
そんな大事な役職ですから、日本の政治と同じように立候補があって、
班長に対する意気込みや、どんな班にしていきたいかとか、
可愛いものですが、きちんと選挙演説てきなものが教壇の上で行われ、
投票があって、班長が決定するという一連がありました。
そんな中で、僕はこんな経験をしていました。

当時の僕が、班長に立候補した際、
先生からの「それでは立候補者の良い所をあげましょう!」
という問いかけがクラスの皆にあったのに対し、
僕の班の子達から何も良い所をあげてもらえなかったそうで、
「僕はまだいいとこがないから、班長にはなれません」
と言って辞退をしたそうな。



潔くて、今の自分と比べて、なんてピュアだったんだろう。
損得勘定もなく、自らの体裁なんて気にせず、
はい、ダメなモノはダメ、はい、ありがとござやいした!スン(小薮風)っていう。
ちょっとこの潔さは逆に結構、Coolだったなって思いました。
結局は、単純に皆からまだどんなヤツか理解されてなくて、
たぶん照れ隠しでカッコつけて、辞めてやんぜ!!!
みたいなノリだったのかなぁとは思いますが。
なんか自分の事好きやなぁとは思いますが、なんだかこんな子どもだったんだなぁ、
と改めて知るとちょっと自分のことを好きになれるし、
なによりも遠く離れた、東の方の盛り場で、
自分のことが話題になってちょっとみんなが笑けてくれてたのかと思うと、
喬太生きてて良かったやん、て思います。
なんか別に人に愛されたいとか、
愛されるキャラとかじゃないのは知っているのですが、
僕もいつか皆のことをちゃんと物語にしますから、
僕と関わっていって欲しいです。
皆の人生が豊かで、鮮やかになりますように。

ちなみに、この前のW杯の記事はおかげさまで、たくさんの方に読んでもらえました。
物を申す系は、反響が大きいようで、有吉大先生があれだけ評価されるわけです。
3日間くらい本気でブロガーにでもなってみようかな、なんて調子こきました。
精進します、もっとやんややんや言われるように。
スケベなことも書いていきます。

#つすめん

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